犬のこと(1)
投資の話が続いたので、犬の話をしてみたいと思います。
私は独り暮らしを22歳で始めることになりましたが、どうしても叶えたかった夢がありました。一人暮らしをしたら、車を買いたい、犬が欲しい!実家にいる時からずっと思っていました。
まだ私の家族がまとも(に見えた)だった頃、小学3年生まで住んでいた戸建ての家がありました。その家に住んでいた頃、マルチーズの男の子を飼っていました。私が10才になる前に亡くなるわけですが、原因はフェラリアだったと思います。
昭和55年頃から(私が生まれた年ですけども)、親戚が飼えず父と母が引き取ったようです。今でこそ、狂犬病予防接種は絶対!年に1回のフェラリアの健診とお薬をもらうことは犬を飼う上できちんと注意喚起されており、当たり前ですが、昭和の時代、きちんとしたトイレシーツもなく(玄関に新聞紙を引いてトイレをさせてました、今思うと信じられない*1)、動物病院に連れていくことも飼い主側次第と自由度が高く、外犬に至っては放置しても咎められることもない時代だった気がします。
いつだったか、家から脱走してしまい数日帰ってこなかったのですが、生まれてから一度も狂犬病予防接種を受けることもフェラリアの薬を飲ませることもなかったので、脱走した時にフェラリアに感染したのではないかと思います。
戻ってきてからすぐに発病したわけではなく、数年経ってから、最初に血を吐いて徐々に衰弱し、食事が取れなくなり弱っていきました。
当時の記憶はあやふやですが、亡くなる前日酸素呼吸器が無いと苦しい日々だったので、動物病院で呼吸が少しでも楽になるよう宿泊することに。
もってあと1週間、数日という状況もあったのですが、動物病院が大嫌いだったうちの犬は一晩中、動物病院で息が苦しいのにも関わらず泣いていたようです。
翌日先生が、恐らく今日がやまだと思うので、すぐに家族を集めてお家で看取る準備をしてあげて下さいと言われました。
夏から秋にかけての季節の変わり目だった気がします、家に着いた途端、とても落ち着いたようで、家族全員に見守られ家族みんなで犬の名前を泣き叫びながら嗚咽状態で、犬を看取りました。
30年ぶりに振り返った訳ですが、当時の記憶は鮮明です。
でも亡くなる時の犬の表情は記憶が全くないです、なぜだろう。。
その後、火葬場で親のみ(平日私は学校だったので)お骨を拾い、簡易的なペット墓地に数か月位牌を置いてましたが、距離があったのでなかなか行くことができなくなりました。最後は永代供養で他のペットの位牌と一緒に供養されて終わりました。
振り返ると、両親がしっかりとしつけや犬を育てる意識、勉強が足りなかったので、人間の食べるものを与えていたり(かなり塩分強かったと思う、ケンタの骨もあげていた、今は考えられない)、フェラリアに感染してしまったけども、何かしら病気には他にもなっていたのではないかなと、振り返ると想像します。
そんな事があったので、将来犬を飼う時にはちゃんと知識を付けていろいろな人の話を聞いて飼おうと思いました。
それが、一人暮らしをしたら犬を飼って自分で育てたい!気持ちに繋がったわけです。
続く。
*1:+_+